値千金(林)

里山ではコナラやブナが黄緑色に若葉を開き、街角ではハナミズキが白やピンクの花を咲かせ始めました。
季節は春の終わりを迎え、初夏へと移りつつあります。
芭蕉に倣って過ぎゆく春を惜しみつつ、今回も春の漢詩を一首紹介しましょう。

万能の人 蘇軾
蘇軾(そしょく、1036~1101)
字(あざな)は子瞻(しせん)
号は東坡(とうば)

北宋(ほくそう)時代の文学家、書家、画家、政治家です。
一言を以て表せば、蘇軾は中国屈指の文人政治家です。

文学家としては、唐時代の韓愈(かんゆ)、柳宗元(りゅうそうげん)、北宋時代の欧陽脩(おうようしゅう)、蘇洵(そじゅん)、蘇轍(そてつ)、曾鞏(そうきょう)、王安石(おうあんせき)と並んで唐宋八大家に数えられます。

書家としては、蔡襄(さいじょう)、黄庭堅(こうていけん)、米芾(べいふつ)とともに宋の四大家とされます。

画家としては、水墨画の技法を大成した文人画の巨峰です。

為政者として
蘇軾は22歳で科挙の最終試験に合格しています。
そのときの合格者は蘇軾と蘇洵、曾鞏の3人だけです。

かくも英才の誉れ高き蘇軾でしたが、官僚生活は順風満帆とはゆきません。
当時、北宋は国家財政の危機的状況にあり、王安石は儒学の経書『周礼』を理論的支柱として国制の大改革(新法)を断行しました。

蘇軾は新法に反対する「旧法派」に属します。
ただし、新法を全否定するのではなく、政策ごとにその是非を問いました。
新法派と旧法派の権力闘争に加えて、旧法派のなかにも党争があり、蘇軾は官吏としての生涯の大半を地方で送りました。

蘇軾の詩「春夜」
春宵一刻値千金
花有清香月有陰
歌管楼台声細細
鞦韆院落夜沈沈

春宵(しゅんしょう)一刻 値(あたい)千金
花に清香(せいこう)有り 月に陰(かげ)有り
歌管(かかん)の楼台 声細細(さいさい)
鞦韆(しゅうせん)の院落 夜沈沈(ちんちん)

解説を簡単に
起句は「春宵一刻値千金」
宵は夜のはじめ
千金は千枚の黄金、非常に価値が高いこと
春の夜は情趣に富み、そのひとときは千金に値するとうたいます

承句は「花有清香月有陰」
有陰はうっすらと曇る様子
花は清らかな香りを漂わせ、月はおぼろに霞んでいます

転句は「歌管楼台声細細」
楼台は高殿(たかどの)、高層建築のこと
歌姫の美声と楽器の妙音がかすかに響いて聞こえてきます

結句は「鞦韆院落夜沈沈」
鞦韆(しゅうせん)はぶらんこで、女子の遊び
院落は建物に囲まれた中庭
沈沈は夜が静かに更けてゆく様子
ぶらんこがおかれた中庭に、夜はひっそりと深まります

春、花、月は華やかに
宵と陰はほの暗く
清香は澄みきって
歌管楼台と鞦韆は艶やかに
細細と沈沈はしんみりと

全体を通して、甘やかで美しいなかに陰影を含みもった春の夜を優美に描いています。

「春夜」の現代語訳
春の夜 そのひとときは千金に値し
花は清らかに香り、月はおぼろに霞む
楼台の歌声と楽音がかすかに響き
ぶらんこの置かれた中庭に 夜はしめやかに更けてゆく

今に生きる詩
「春夜」は今から千年ほど前の古い詩ですが、実は私たちの身辺でも見かけることができます。

武島羽衣作詞・滝廉太郎作曲の「花」は小学校や中学校の音楽で習っているでしょう。
その3番の歌詞は次のとおりです。

錦おりなす 長堤に
暮るればのぼる おぼろ月
げに一刻も 千金の
ながめを何に たとうべき

「おぼろ月」「一刻」「千金」と、明らかに蘇軾の詩を踏まえています。

もっと身近な例は、
値千金の逆転ホームラン
値千金の決勝ゴール
これはスポーツニュースの常套句です。

「春夜」と関係ないけれども、もうひとつ。
中華料理の「東坡肉トゥンポーロウ」は蘇軾の考案といわれます。

行く春を 近江の人と 惜しみける
 松尾芭蕉『猿蓑』所収