ホタルと漢詩(林)

蛍の季節も終わりに近づいてきました。
今日は漢詩に表象された蛍のイメージについて書きます。

『詩経』豳風の「東山」
『詩経』(しきょう)は西周時代から春秋時代(紀元前11世紀末~紀元前5世紀)の黄河流域の詩を集めたアンソロジーです。

その豳風(ひんぷう)「東山」に

熠燿宵行(ゆうよう よいにゆく)

というフレーズが見えます。
前漢初期の毛亨(もうこう、紀元前3世紀末?)が付けた注釈(毛伝)は、

熠燿、燐也。
燐、蛍火也。
熠燿は燐(りん)である。
燐は蛍火(蛍の発する光)である。

として、熠燿=燐=蛍火と説明しています。
また、魏の張揖(ちょうゆう、3世紀)の『広雅』釈蟲(こうが・しゃくちゅう)は

景天、蛍火、燐也。
景天は、蛍火、燐である。

とし、西晋の崔豹(さいひょう、3世紀)の著とされる『古今注』釈魚蟲(こきんちゅう・しゃくぎょちゅう)も

蛍火……一名熠燿……一名燐……。
蛍火は……あるいは熠燿と呼ばれ、……あるいは燐と呼ばれ……。

と記します。
以上は熠燿=燐=蛍火という考えです。

燐の別解
しかし「燐」の解釈には異説もあります。
前漢前期(紀元前2世紀)の『淮南子』氾論訓(えなんじ・はんろんくん)には

久血為燐。
長い時間が経過した血液が燐となる。

と記されています。
後漢時代の経学者で文字学者の許慎(きょしん。生没年未詳、1世紀~2世紀)の『説文解字』(せつもんかいじ)十篇上は、

㷠(燐)、兵死及牛馬之血為㷠。
㷠、鬼火。
㷠(燐)とは、死んだ兵士や牛・馬の血液が㷠となる。
㷠は鬼火である。

と説明します。
さらに西晋時代の張華(ちょうか、232~300)が編著した『博物志』雑説編には

闘戦死亡之地、其人馬血積年化為燐。
戦って死亡した土地では、その人間や馬の血が年月を経て燐に変わる。

とあります。
それゆえに、唐時代の孔穎達(くようだつ、574~648)の『毛詩正義』(もうしせいぎ)は

燐者鬼火之名、非蛍火也。
燐は鬼火の名であり、蛍の光ではない。

と主張します。
これらは燐=鬼火(ひとだま)という考えです。

王念孫の見解
「燐」を「蛍の光」と見るか、「鬼火」と見るか。
清朝考証学を代表する王念孫(おうねんそん、1744~1832)の『広雅疏証』(こうがそしょう)は、諸説を列挙した上で、次のように論じます。
(論証の読み解きが楽しいのですが、長いので割愛)

燐者火光明也。
鬼火有光謂之燐。
則蛍火有光亦得謂之燐矣。
燐とは火の光が明るいことである。
鬼火は光があるのでこれを燐という。
それならば、蛍火も光があるのだから、これも燐と言いうるのである。

さすがは王念孫先生。
手堅くて合理的な見解です。

熠燿のイメージ
「東山」は東方に遠征した従軍兵士の望郷の念を表白しています。
雨の降りしきる中、荒れ果ててゆく故郷の家に思いを馳せる場面で、

熠燿宵行(ゆうよう よいにゆく)

と詠じます。
それゆえ、「熠燿」が表象する蛍の光は決して明るいイメージではなく、「鬼火」につながる陰鬱な情景が想起されます。

謝朓の「玉階怨」
時代がくだると、蛍の表象に美しさが添えられます。
南朝斉の謝朓(しゃちょう、464~499)の「玉階怨」(ぎょくかいえん)はこう詠います。

夕殿下珠簾  流螢飛復息
長夜縫羅衣  思君此何極
夕闇の宮殿に真珠の簾(すだれ)を下ろすと
外を蛍が流れるように飛んではまたとまる
秋の長夜に薄絹(うすぎぬ)の衣を縫えば
あなた(=天子)への切ない思いはとめどない

「玉階怨」は天子の寵愛を失った宮女の悲しみを記した詩です。
簾を下ろす行為は、時刻が夜になったことを表すとともに、天子の訪れを期待する気持ちを断念することをも意味します。
それでも彼女は諦めきれず、簾越しに外に目をやると、飛んではとまる蛍が見えます。
この「飛復息」という蛍は、か弱く美しい女性の姿を象徴しています。
しかしそれは、愁いを含んで頼りなく儚いイメージを喚起させます。

王維の「班婕妤」
盛唐の山水詩人を代表する王維(おうい、699~761)も同じモチーフを用います。
王維「班婕妤」(はんしょうよ)三首の一

玉窗蛍影度  金殿人声絶
秋夜守羅幃  孤灯耿不滅
真珠で飾られた窓の外を蛍の光りがよぎってゆく
黄金造りの宮殿は人の話し声が絶えて
秋の長夜に薄絹のカーテンのもとに一人すごし
たった一つの灯火が明るく輝き続けている

班婕妤(紀元前1世紀)は前漢の成帝(せいてい)の側室です。
前漢の正史である『漢書』外戚伝(かんじょ・がいせきでん)にその略伝が記されています。
班婕妤は成帝に愛されましたが、後に趙飛燕(ちょうひえん)姉妹に寵愛を奪われました。
王維の「班婕妤」はその悲哀を語ります。

白居易の「長恨歌」
唐の玄宗(げんそう)と楊貴妃(ようきひ)の悲恋を描いた白居易(はくきょい、772~846)の「長恨歌」(ちょうごんか)は

夕殿蛍飛思悄然
孤灯挑尽未成眠
夕闇の宮殿に飛ぶ蛍を見て物思いにふけり
たった一つの灯火が消えても眠りにつけない

と綴ります。
謝朓と王維の詩想を明らかに継承していますね。

蛍の表象
漢詩が表象する蛍のイメージについて書いてきました。
紀元前の『詩経』豳風の「東山」では、蛍の光は鬼火に通じる陰森なものでした。
5世紀の謝朓、8世紀の王維、9世紀の白居易になると、愁いに沈む女性を投影する美しい風物となります。
しかしそれは、愛を失った寂しさや悲しみと結びついて、華やかさや明るさとは無縁の哀切さを印象づけます。