新年度の始まりに(林)

木蓮は散り、染井吉野は盛りを過ぎましたが、梨の白い花が咲き誇り、柿の若芽が柔らかく伸び始める季節となりました。

新年度を迎えて、それにふさわしい漢詩を一首、紹介します。
作者は孟郊(もうこう、751~814)、中唐を代表する詩人の一人です。
題名は「登科後(登科の後)」

孟郊「登科後」
昔日齷齪不足誇
今朝放蕩思無涯
春風得意馬蹄疾
一日看尽長安花
昔日 齷齪 誇るに足らず
今朝 放蕩 思い涯無し
春風 意を得て 馬蹄疾し
一日 看尽くす 長安の花

これまで苦労して勉学に励んできたことは誇るに足らぬ
今朝は晴れ晴れとして、楽しくて仕方がない
春風に心を満たされ、馬の駆ける足も速い
一日ですべて見尽くてしまおう 長安じゅうの花を

科挙試験
これは孟郊が科挙(かきょ)の試験に合格したときに詠んだ詩です。
そのとき、孟郊は46歳でした。
科挙試験は隋(ずい)時代の598年に創設された官吏登用試験です。
試験は3段階あり、最終試験に合格することはきわめて困難でした。

全国から俊才中の俊才が挑んでも、その合格率は1%程度だったとされます。
単純な比較は誤解のもとですが、現代の日本で最難関の大学に合格するよりもはるかに難しいことは確かです。

孟郊は長年、不合格を続けてきました。
それが46歳でようやく合格したのです。
その喜びはまさに天にも昇る心地だったでしょう。
「登科後」の詩は、心の底からわき起こる歓喜の思いを存分にうたっています。

解説を簡単に
起句は「昔日齷齪不足誇」
長年にわたって勉強を重ねてきた日々を振り返ります。
しんどい思いをしてきたけれど、まあ自慢にもならないよと言っています。

承句は「今朝放蕩思無涯」
合格を知った朝の、晴れやかな気持ちです。
とうとう成し遂げたのだという悦びがとめどなく湧出し、どこまでもどこまでも広がってゆきます。

転句は「春風得意馬蹄疾」
春風に乗り、うきうき気分で馬を走らせます。
どこへゆくつもりでしょうか?

結句は「一日看尽長安花」
長安中の美しい花を一日ですべて見てやるぞと意気盛んです。
馬に乗って花を見にゆくのです。

唐の時代、都長安に居を構える王侯貴族たちは、邸の庭園に牡丹を植えて花の美を競いました。
科挙試験の最終合格者には、一日だけそれらの花を見てまわる特権を与えられたそうです。
転句と結句はこれを描いています。

春游の想い出
唐の都長安は現在の陝西省西安市におかれました。
もう四半世紀も前になりますが、中国に留学していたとき、ちょうどこの季節に西安市の南郊、終南山(しゅうなんざん)のふもとに自転車に乗って出かけました。
中国語でいう「春游チュンヨウ」です。

秦嶺山脈(しんれいさんみゃく)の木々の緑を背景に、梨やリンゴの白い花、薄紅色の桃の花、黄色い絨毯を敷きつめたような菜の花が咲き乱れ、関中平原(かんちゅうへいげん)の短い春を謳歌する風景を心ゆくまで満喫しました。