「信を問う」とは何を問うのか? その1(林)
《信を問う》
第51回衆議院議員選挙が1月27日に公示されました。
高市早苗首相(自民党総裁)はたびたび「信を問う」という言葉を口にしています。
例えば1月26日に日本記者クラブが主催した党首討論会でも、
大きな政策転換を行った。
国会が始まる前に信を問うことにした。
と発言しています。(毎日新聞1月27日)
「信を問う」と言ったとき、果たして何を問うているのでしょうか。
これは「信」という語はどんな意味をもつのかという問いです。
この問題を2回に分けて考察します。
《文字学の解釈》
はじめに文字学の立場から「信」の意味を確認しましょう。
『説文解字』は後漢時代の許慎(きょしん)が編纂した中国史上初の体系的な字書です。
成立年は西暦100年頃と推定されます。
21世紀の漢字学は、殷時代後半に出現した甲骨文字(こうこつもじ)、殷周時代の青銅器に鋳込まれた金文(きんぶん)、戦国時代から秦漢時代及び三国時代の木や竹の札に記された簡牘文字(かんとくもじ)など、その当時に書記された数多くの出土文字資料に依拠して研究を進めています。
それでも、許慎の『説文解字』が最初に見るべき重要な古典であることは揺るがないでしょう。
『説文解字』は「信」について、
信、誠也。
从人、言。
信は誠である。
人と言を構成要素とする。
と記しています。
「誠」については、
誠、信也。
从言、成声也。
誠は信である。
言を構成要素とし、成は音を表す。
と記しています。
往年の高名な漢字学者、白川静氏(1910~2006)は「誠」について、
成は成就する意の字であるから、誠とは誓約を成就する意である。
『新訂 字統 普及版』平凡社、2007年
と説明しています。
これらを手がかりにすれば、
「誠」とは
言葉を成し遂げる。
言ったことを実現する。
という意味であり、
「信」とは
人が言葉を述べ、その通りに実行する。
という意味になるでしょう。
つまり「信」とは言葉にした約束を守るということです。
《『論語』における「信」》
『論語』は春秋時代末期の思想家である孔子(紀元前552~前479)とその弟子たち及び当時の為政者との対話を記した書物です。
戦国時代の前期(前5世紀頃)に成立したと推定されます。
『論語』は中国、朝鮮、ベトナム北部、日本列島からなる東アジアの漢字文化圏における政治観、社会観、人間観の根幹を形成してきた重要な古典です。
したがって、『論語』から「信」の意味を探究することは、日本を含む東アジア世界における「信」の基本義を理解する上で、重要な手がかりを与えてくれるでしょう。
ここでは『論語』の全編を網羅して「信」の使用例を紹介することは避けて、エッセンスだけ述べることにします。
曾子曰、吾日三省吾身。
為人而不忠乎。
与朋友交而不信乎。
曾子が言われた。
私は毎日三回、自分自身を省みる。
他人の相談にのって、誠実に応対したか。
友人と交際して、「不信」ではなかったか。
子夏曰、……与朋友交、言而有信、……。
子夏が言った。
……友人と交際する際、発言して「信」があるならば……。
有子曰、信近於義、言可復也。
有子が言われた、
「信」が正しい道理に近ければ、言葉通り実行できる。
曾子(そうし)、子夏(しか)、有子(ゆうし)はいずれも孔子の弟子です。
与朋友交而不信乎
与朋友交、言而有信
信近於義、言可復也
というこの三つの文を見ても、「信」は言葉と深く結びついた語であることが分かります。
彼らが述べる「信」は、
発言したことを実行する。
言葉にした約束を守る。
という意味であると理解して間違いないでしょう。
次回はその他の文献に見える「信」について考察します。

