「信を問う」とは何を問うのか? その2(林)

前回は『説文解字』と『論語』における「信」の語義を考えて、「信」とは、
発言したことを実行する
約束を守る

という意味であると整理しました。
今回は他の文献から「信」の意味を考究します。

『春秋穀梁伝』における「信」
はじめは儒家思想の『春秋穀梁伝』(しゅんじゅうこくりょうでん)です。
春秋時代(紀元前8世紀~紀元前5世紀)、黄河下流域に魯(ろ)という国がありました。
魯国の年代記とされるのが『春秋』です。
『春秋』の記事は非常に簡潔であるため、これを解説し注釈する書物が作られます。
これを『伝』といい、『春秋穀梁伝』はそのひとつです。
戦国時代から前漢時代中期、紀元前5世紀~紀元前2世紀に成立したと推定されます。

『春秋穀梁伝』僖公22年条に
言之所以為言者、信也。
言而不信、何以為言。
言葉が言葉である根拠は、「信」である。
言葉であるのに「信」でなければ、どうして言葉といえるだろうか。

とあります。
これも『説文解字』や『論語』と同様に「信」と言葉とを結びつけ、言葉が言葉として成り立つ根拠は、言葉通りに実行されることにあるとしています。

『老子』の「信」
続いて道家思想の『老子』(ろうし)です。
道家は儒家が説く「仁」「義」「礼」などの徳目を人為的な規範とみなし、こうした規範が社会の秩序を混乱させる根本原因だと批判します。
『老子』の著者とされる老子は謎の人物です。
前漢の司馬遷(しばせん)が紀元前100年頃に著した『史記』は、老子に比定される人物として、
老耼(ろうたん)
老萊子(ろうらいし)
太史儋(たいしたん)
の3人を挙げています。
司馬遷の時代、誰が老子であるのか、もはや不明であったことをうかがわせます。

『老子』の成立については、出土文字資料が新たな手がかりを与えてくれます。
1973年に湖南省長沙市の馬王堆(ばおうたい)3号漢墓から出土した帛書(絹に記された書)に2種類の『老子』がありました。
馬王堆3号漢墓は前漢初期の紀元前168年頃に造営されたと推定されます。
この帛書『老子』は分量も内容も、現在通行している『老子』とほぼ変わりません。

1993年に湖北省荊門市の郭店(かくてん)1号楚墓から出土した郭店楚簡(かくてんそかん)には3種類の『老子』が含まれています。
郭店1号楚墓は戦国中期の紀元前300年頃に造られたと推定されます。

現在通行している『老子』は81章からなり、郭店楚簡の『老子』はその約5分の2にあたる文章が記載されています。
したがって、遅くとも戦国時代中期には現行の『老子』と同様の内容を含む書が成立していたといえます。

さて、現行本の『老子』81章つまり最終章に、
信言不美。
美言不信。
「信」である言葉は飾り立てられていない。
飾り立てられた言葉は「信」ではない。

と記されています。
これも「信」と言葉とを密接に結びつけています。

『韓非子』の「信」
次は法家思想の『韓非子』(かんぴし)です。
『韓非子』は法律に基づく統治を主張する法家思想を集大成した書物です。
戦国時代後期(紀元前3世紀後半)の韓非という人とその後継者たちが、戦国時代後期から前漢時代のはじめ、紀元前3世紀後半~紀元前2世紀前半に編著したと考えられます。

「信賞必罰」は今もよく知られる『韓非子』の言葉です。
初見秦篇に、
言賞則不与、言罰則不行。
賞罰不信、故士民不死也。
恩賞を与えると言いながら、与えるべきときに与えない。
刑罰を科すと言いながら、科すべきときに科さない。
賞と罰が「不信」であるから、士人も民衆も命を投げ出さないのだ。

内儲説上篇に、
主之所用也七術……。
二曰、必罰明威。
三曰、信賞尽能。
君主が行うべきことは七術(七つの方策)であり、……。
第二は、罪のある者は必ず刑罰を科して、威厳を明らかにする。
第三は、功績のある者は必ず恩賞を与え、臣下の能力を十分に発揮させる。

外儲説左下篇に、
故有術之主、信賞以尽能、必罰以禁邪。
それゆえ術を持っている君主は、功績のある者は必ず恩賞を与えて、臣下の能力を十分に発揮させ、罪のある者は必ず刑罰を科して悪事を禁止する。

と記されています。

「信賞」と「必罰」は対になっています。
そこから「信」と「必」は同じような意味の副詞と見なします。
「必」は「かならズ」と読んで、「きっと」「かならず~しなければならない」と解釈します。
「信」は「まことニ」と読んで、「たしかに」「うたがいなく」と解釈します。
この「信」という語の含意を『韓非子』の法思想から探ってみましょう。

『韓非子』の法思想
『韓非子』は君主が定めた実定法=成文法による統治を主張します。
定法篇に、
法者、憲令著於官府、刑罰必於民心
法というのは、官署にはっきりと示された法令と、民の心にしっかりと刻みこまれた刑罰である。

難三篇に、
法者編著之図籍、設之於官府、而布之於百姓者也。
法というのは、それを文書にして書き表し、官署に備えつけて、民衆に公布するものである。

とあります。
文字に書き表された法律を統治の根拠にするという考えです。

これは19世紀から20世紀に欧米で構築された法実証主義の考え方につながる法思想といえます。

『韓非子』の法思想に従えば、「信賞必罰」も実定法=成文法に基づいて実行されなければなりません。
すなわち、「信賞」とは
法律に規定している基準の通りに恩賞を与える
ということであり、ここでも「信」は
発言したことを実行する
約束を守る

という意味であることがわかります。

今日は儒家の『春秋穀梁伝』、道家の『老子』、法家の『韓非子』から「信」の意味を考えました。
考察が長くなりましたので、結論は次回に記します。