送別の漢詩(林)
春は別れの季節です。
新生活を始めるみなさんに、前途を祝して送別の漢詩を贈ります。
王昌齢「芙蓉楼送辛漸二首」其一
王昌齢(おうしょうれい、698~755)
開元15年(727)の進士(科挙の合格者)。
辺塞詩・閨怨詩・送別詩を得意とする、盛唐の詩人です。
寒雨連江夜入呉
平明送客楚山孤
洛陽親友如相問
一片冰心在玉壺
寒雨 江に連なりて 夜 呉に入る
平明 客を送れば 楚山孤なり
洛陽の親友 もし相い問わば
一片の冰心 玉壺に在り
冷たい雨が川の境を消して降りしきり
夜分 呉の地に入る
夜明けを迎え 旅立つ人を見送れば
楚の山がただ一つそびえている
洛陽の友がもし私のことを尋ねたら
ひとかけらの氷のように澄んだ心が
玉の壺に入っていると 答えてほしい
にぎやかな洛陽に向かう友と南方の地に残る私
私の孤独と清く澄んだ心を「一片冰心在玉壺」にたとえています。
王維「送元二使安西」
王維(おうい、699?~761)
開元9年(721)の進士。
詩文、音楽、絵画に秀でて、盛唐の山水詩を代表します。
渭城朝雨裛軽塵
客舎青青柳色新
勧君更尽一杯酒
西出陽関無故人
渭城の朝雨 軽塵を裛(うるお)し
客舎青青(せいせい) 柳色新たなり
君に勧む 更に尽くせ一杯の酒
西のかた陽関を出ずれば 故人無からん
咸陽の町の朝に降る雨が
こまかな土砂をしっとりと濡らし
旅舎のまわりの青い柳がみずみずしい
さあ君 どうかもう一杯 飲み干してくれ
これから進んで 陽関を西に出ると
もう君を知る友はいないのだから
これはとても有名な詩で、教科書にもよく採録されます。
王維には阿倍仲麻呂の帰国に際して詠んだ「送秘書晁監還日本国」もあります。
高適「別董大二首」其二
高適(こうせき、701?~765)
辺境の風物を詠う辺塞詩に優れ、岑参(しんじん)とともに「高岑」と称されます。
十里黄雲白日曛
北風吹雁雪紛紛
莫愁前路無知己
天下誰人不識君
十里の黄雲 白日曛(くら)し
北風 雁を吹いて 雪紛紛(ふんぷん)
愁うるなかれ 前路に知己無きを
天下 誰人か君を識らざらん
十里先まで黄塵に染まった雲が垂れこめて
太陽も暗い光を放っている
北風が空を飛ぶ雁に吹きつけて
雪が紛々と降りつづく
前途に知人がいないと悲嘆するには及ばない
この世界で君のことを知らない人はいないのだから
前半は冷たく暗い風景を描写して、前途の多難さを暗示します。
後半は旅立つ友の不安を和らげようとしています。
于武陵「勧酒」
于武陵(うぶりょう、810~?)
大中9年(835)の進士。
官職を捨てて、書物と琴を携えて各地を放浪しました。
勧君金屈卮
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離
君に勧む 金屈卮(きんくつし)
満酌 辞するを須(もち)いず
花発けば 風雨多し
人生 別離足る
君にこの金杯を勧めよう
なみなみとつがれた酒を
どうか遠慮しないでくれたまえ
花が咲くと嵐が来るのはこの世のならい
人生は別ればかりが多いのだから
この詩は井伏鱒二(1898~1993)の名訳が知られています。
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
(『厄除け詩集』講談社文芸文庫、1994年)
送別の詩は他にもたくさんありますが、今回はこれにて擱筆しましょう。
旅立つみなさんの健康と平安、成功を祈ります。