枕草子と端午の節句(林)
5月5日は端午の節句です。
この節句は古代中国に始まり、日本には遅くとも飛鳥時代に伝来しました。
今日は『枕草子』に拠りながら、平安時代の端午の節句について書きましょう。
なお、端午の節句は本来、旧暦5月5日に行われ、今年は6月19日がその日にあたります。
五節会
平安時代の宮中ではさまざまな儀式が行われていました。
季節の変わり目などに祝いを行う日を節日(せちにち、せちじつ)といいます。
その日に天皇が紫宸殿(ししんでん)や豊楽殿(ぶらくでん)に出御し、五位または六位以上の臣下に饌(せん、ごちそうのこと)を与える饗宴を節会(せちえ)といいます。
節会のなかでも、元日、白馬(あおうま)、踏歌(とうか)、端午、豊明(とよのあかり)は五節会(ごせちえ)と呼ばれて重んじられていました。
菖蒲葺く
『枕草子』(三巻本)の第37段に端午の節句が描かれています。
原文は省略し、私製の現代語訳だけ載せます。
節日は五月に及ぶ月はない。
菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)などが香りあっているのは、たいそう風情がある。
宮中の殿舎の屋根をはじめとして、名前がわからない民衆の家にいたるまで、「なんとかして自分のところにたくさん葺こう」と葺きわたしてあるのは、やはりたいそう新鮮な感じがする。
ほかの節句のおりに、いつこのようなことはしたか。
これは無病息災を願って屋根や軒に菖蒲や蓬をさしかざすという行事です。
宮中はもとより、庶民の家々にも菖蒲や蓬がさしかざされ、京の都はよい香りに包まれていたことでしょう。
菖蒲葺きは伝統行事として現代に受け継がれていて、「菖蒲葺く」は夏の季語です。
薬玉(くすだま)
空模様が一面に曇っているときに、中宮御所などには、縫殿寮(ぬいどのりょう)から御薬玉が、色とりどりの糸を組みさげて献上してあるので、御帳台(みちょうだい)が立っている母屋(もや)の柱にそれを左と右に付ける。
柱には九月九日(重陽節)の菊花を粗末な生絹(すずし)の布に包んで献上して、何ヵ月もそのままにしてあるのだが、その菊花を薬玉に(紐を)解きかえて捨てるようだ。
同じように薬玉は、重陽節まで置いておくのだろうか。
けれどそれは、すべて糸を引き抜いて物を結うなどして、しばらくの間も飾っておかない。
旧暦5月は梅雨空です。
清少納言が仕えた定子(ていし)が住まう中宮御所に、縫殿寮から御薬玉が献上されます。
薬玉は菖蒲や蓬などの薬草を束ね、五色の糸で結わえます。
色が五種類あるのは、中国の戦国時代(前5世紀~前3世紀末)に生まれた五行思想に基づきます。
青・赤・黄・白・黒の五色です。
母屋は寝殿造りの建物の中心にある部屋です。
御帳台は貴人の居所・寝所で、母屋のなかに一段高く作り、周囲に帷(とばり)を垂らします。
その母屋の柱には菊の花が生絹(すずし)という練っていない絹の布に包まれて飾られています。
これは九月九日の重陽節(ちょうようせつ)のおりに献上されたものです。
これを取り外し、かわりに五色の糸を垂らした薬玉を柱の左右に結いつけました。
薬玉に糸を通して端午の節句を祝うという風習は奈良時代からあり、藤原夫人(ふじわらのぶにん)や大伴家持(おおとものやかもち)の歌が『万葉集』に採録されています。
若き宮女の装い
ちまきを差しあげ、若い宮女たちが菖蒲の薬玉を腰につけ、菖蒲の葉を束にして髪に挿すなどして、さまざまな唐衣(からぎぬ)や汗衫(かざみ)などに、風情のある季節の枝々を、菖蒲の長い根に群濃染(むらごぞめ、濃い青色)の糸を組みあわせて結びつけている様子などは、目新しいということはないけれど、まことに趣がある。
それにしても、春のたびに咲くからといって桜を平凡だと思う人はいないでしょうよ。
唐衣は女官が一番上に羽織る着物です。
汗衫は後宮に奉仕する童女が用いた上着です。
中宮定子に仕える若い宮女たちは、菖蒲の葉を薬玉にして腰につけたり、束ねて髪に挿したり、菖蒲の長い根と濃い青色の糸を組ひもにして、季節の木々の枝を着物の上着に結わえたりしています。
召使いの童女と雑用係の少年
土の上を歩く童女などが、身分相応にきれいに装ったと思って、じっと袂(たもと)を見つめ、ほかの童女と見比べなどして、いいようもなくすばらしいと思ってなどしているところを、ふざけている小舎人童(こどねりわらわ)などに引っ張られて泣く様子もおもしろい。
土の上を歩く童女というのは、召使いの童女です。
小舎人童は雑用係の男の子です。
美しく着飾ってうっとりしている女の子に、男の子がちょっかいをかけて泣かしてしまいました。
いたずらが過ぎるようですが、清少納言はそんな光景も「をかし」と評しています。
手紙を贈る
紫の紙に楝(おうち)の花を、青い紙に菖蒲の葉を細く巻いて結び、また白い紙を菖蒲の根で結んであるのも風情がある。
たいそう長い根を手紙のなかに入れなどしてあるのを見る心地も、つややかに美しい。
「返事を書こう」と相談して、親しい者同士が手紙を見せあいなどするのも、たいそうおもしろい。
しかるべき人の娘や、高貴な方々のもとにお手紙などを差しあげなさる人も、今日は格別に優美だ。
夕暮れどきに、ホトトギスが自分の名を名乗って飛んでゆくのも、何もかもすばらしい。
楝は栴檀(せんだん)。
センダン科の落葉高木で、初夏から梅雨にかけて薄紫色の5弁の小花をたくさん咲かせます。
紫の紙に楝の花、青い紙に菖蒲の葉、白い紙に菖蒲の根と、同じ色の取りあわせが風雅です。
端午の節句とホトトギスの組みあわせは『万葉集』ですでに詠われています。
楝の花は『枕草子』第35段にも見え、やはり端午の節句と関連づけています。
木のさまにくげなれど、楝の花、いとをかし。
かれがれにさまことに咲きて、かならず五月五日にあふもをかし。
木の姿はかわいらしくないけれども、楝の花は、たいそう風情がある。
一つ一つの花が離ればなれに風変わりな咲き方をして、必ず五月五日にあわせて咲くのもおもしろい。
『枕草子』第224段も端午の節句を記していて、定子と清少納言という、互いを深く理解しあう者同士の心遣いが感慨を誘います。
これについては改めて書きましょう。

