私の好きな梶井基次郎(林)

夏期講習では中学3年生と高校3年生の国語を担当しています。
どちらの学年も小説の演習を行っていますが、受講生のみなさんはふだんあまり小説を読んでいないようです。

受験勉強に忙しくて小説など読む暇はないというところでしょうか。
それでも短篇小説ならば合間に読めそうです。
今日は私の好きな作家のひとり、梶井基次郎を紹介します。

梶井基次郎は1901年2月、大阪に生まれました。
19年に第三高等学校理科に入学し、24年に東京帝国大学文学部英吉利文学科に入ります。
しかし、肺結核が悪化して26年末から伊豆の湯ヶ島で療養し、川端康成の知遇を得ました。
28年に故郷の大阪に帰り、32年3月に亡くなります。
31年という短い生涯でした。

梶井文学の印象を譬えてみると……

まずは、晩秋の午後に南向きの書院でひらくジュエリーボックス。
エメラルド、ルビー、サファイア、トパーズ、真珠、ダイヤモンドなど、色も形もとりどりな宝石が黄色みを帯びた陽の光を受けて柔らかく輝く。

もうひとつは、夜半の縁側に並べるクリスタル細工。
くぬぎ、こなら、もみじ、いちょうなどの木の葉や、ねこ、うさぎ、あひるといった小動物の精緻な彫刻が、十六夜や立ち待ちのさやけき月影に照らされて玲瓏ときらめく。

梶井基次郎の小説は健康と疾病、生と死の危うい均衡のなかで感情が揺れ動き、明るい光の中にも暗い翳が潜んでいます。
小さいもの、弱いもの、脆く儚いものに向けられる優しいまなざしに、私は梶井文学の繊細で緻密な美しさを感じます。

その神髄を味わうには、頭の中がざわついていたり、心が波立っていたりしてはいけません。
静謐な書斎の中で心をしーんと澄まして読んでゆくと、文章が身体にじんわりと染みこんできて、細緻な言葉のひとつひとつがくっきりと立ちあがります。

新潮文庫版『檸檬』は梶井基次郎が1924年10月から32年2月までに発表した20篇の短い小説を収録しています。
いずれも小品ながら秀作ぞろいで、代表作の「檸檬」は高校の教科書によく採用されます。
私が愛好するのは「泥濘」「路上」「過古」「蒼穹」「愛撫」「交尾」

一番好きな作品は?と問われれば、迷わず「城のある町にて」
初めて読んだのは高校生の時です。
作品の季節はちょうど夏。


舞台とされる町には2度、訪れたことがあります。

1度目は小学生の時、駅近くの西洋料理店で名産の牛肉を食しました。
シェフの帽子が天井に届きそうなくらいに高くそびえ立つ様子に驚いたことを覚えています。
2度目は20代後半、小林秀雄『本居宣長』に触発されての再訪です。

蒲生氏郷が築いた城は公園として整備され、壮麗な石垣が残っています。
城内には梶井基次郎文学碑が建ち、本居宣長旧宅(鈴屋)も移築されています。
かつての三の丸には、槇垣に囲繞された御城番屋敷が石畳の道を挟んで建ち並び、江戸期の城下を彷彿とさせます。
本居宣長記念館と本居宣長ノ宮にも足を運びました。

また訪れて城跡に登り、眼下にひろがる町並みと紺碧にきらめく海を心静かに観望したいものです。
  「××ちゃん。花は」
  「フロラ」
少年達の会話が聞こえてくる気がします。

前の記事

課外活動の意義

次の記事

グルメな塾です(藤江)