東京文学散策~千駄木編(林)

東京文学散策の2回目です。
森鷗外の旧居、森鷗外記念館(観潮楼跡)まで歩きます。

白山小台線(はくさんおだいせん)
芥川龍之介旧居から西に80mほど歩くと、崖の端に出ます。
崖の高さは7mほどでしょうか。
コンクリート造りの狭くて急な階段を降りると白山小台線(田端駅前通り)です。
これを北に戻ればJR田端駅。
今は南に進みます。

片側1車線の道路は両側に幅2mあまりの歩道が設けられています。
電柱・電線がなく、ずっと先まで見通せて歩きやすい道です。
街灯には
「田端駅前通り商店街」
「田端文士村 室生犀星」
などと記された金属プレートが貼られています。

動坂(どうざか)
ゆるやかに下る白山小台線を南に500mほど歩くと動坂下です。
かつて坂の西側に不動明王像を祀る庵があったことから不動坂と名付けられ、略されて動坂と称したそうです。
不動明王像は徳川家光の命によって現在の文京区本駒込に移され、今も南谷寺(なんこくじ、目赤不動)に祀られています。

本郷通り(ほんごうどおり)
このまま動坂を上ると都立駒込病院の前に出て、さらに南西に進んでゆくと本郷通りと出会います。
動坂からは1kmほどの距離です。
本郷通りを南東に1.4km歩けば東京大学の正門が迎えてくれます。
そのずっと手前、向丘2丁目の交差点で左折し、神田白山通りを北西に歩いてゆくと団子坂上の森鷗外記念館(観潮楼跡)です。
このルートを通れば、芥川龍之介旧居から森鷗外記念館までは約2.3km(青い線)。
画像1 田端・千駄木付近地図

不忍通り(しのばずどおり)
今回は本郷通りに出ず、動坂下から左に折れて、不忍通りを南東に向かいます。
右に左に大きくゆったりと弧を描く不忍通りを3kmほど歩けば上野の不忍池です。
今日はそこまでは行かないで、団子坂上を目指します(赤い線)。
画像2 田端・千駄木付近地図

不忍通りは片側2車線の大きな道路ですが、歩道はアスファルト製で歩きやすくはありません。
道路脇には電柱・電信柱も林立し、景観という点では白山小台線に見劣りします。
そのかわりに下町の雑然とした雰囲気を感じることができます。

さらに進行方向の右手(南西側)には、
むじな坂きつね坂狸坂
という名前の坂が次々に姿を現して、愉快な気持ちにさせてくれます。

団子坂(だんござか)
大給豊後守の屋敷に由来する大給坂(おぎゅうざか)の前を横切ったあたりから、不忍通りはゆるく右に湾曲し、南を指して進むと千駄木の団子坂下です。

団子坂という名前の由来は、
かつて坂の下に団子屋があった
道が悪く、雨の日には転んで泥にまみれ、まるで団子のようになる
など、諸説あるそうです。


画像3 団子坂

画像4 団子坂の案内板

団子坂と青春小説
江戸末期から明治時代、団子坂は菊人形の名所でした。
夏目漱石『三四郎』と森鷗外『青年』という明治末の二大青春小説にも団子坂が登場します。
まずは漱石の『三四郎』(1908年)。

坂の上から見ると、坂は曲がっている。
刀の切っ先のようである。
幅はむろん狭い。
右側の二階建が左側の高い小屋の前を半分さえぎっている。
そのうしろにはまた高い幟(のぼり)が何本となく立ててある。
人は急に谷底へ落ち込むように思われる。
その落ち込むものが、はい上がるものと入り乱れて、道いっぱいにふさがっているから、谷の底にあたる所は幅をつくして異様に動く。
見ていると目が疲れるほど不規則にうごめいている。

(中略)
その谷が途中からだらだらと向こうへ回り込む所に、右にも左にも、大きな葭簀掛け(よしずがけ)の小屋を、狭い両側から高く構えたので、空さえ存外窮屈にみえる。
往来は暗くなるまで込み合っている。
そのなかで木戸番ができるだけ大きな声を出す。
「人間から出る声じゃない。菊人形から出る声だ」
と広田先生が評した。
それほど彼らの声は尋常を離れている。

画像5 夏目漱石『三四郎』

続いて鷗外の『青年』(1910~11年)

四辻(よつつじ)を右へ坂を降りると右も左も菊細工の小屋である。
国の芝居の木戸番のように、高い台の上に胡坐(あぐら)をかいた、人買か巾着切り(きんちゃくきり)のような男が、どの小屋の前にもいて、手に手に絵番附のようなものを持っているのを、往来の人に押し附けるようにして、うるさく見物を勧める。
まだ朝早いので、通る人が少い処へ、純一が通り掛かったのだから、道の両側から純一一人を的(あて)にして勧めるのである。
外から見えるようにしてある人形を見ようと思っても、純一は足を留めて見ることが出来ない。
そこで覚えず足を早めて通り抜けて、右手の広い町へ曲がった。

画像6 森鷗外『青年』

今では菊人形の小屋を見ることはかないませんが、急峻な坂が往時を偲ばせます。

団子坂を上りきると、いよいよ森鷗外記念館(観潮楼跡)です。
芥川龍之介旧居から1.8km歩いてきました。
次回は森鷗外記念館の観覧から書きましょう。