商店街を覗いてみたら(林)

友学館の鎌田先生が「読書の秋」としておすすめの本を紹介なさっています。
私も驥尾に付して現代小説をご紹介しましょう。
小川洋子さんの『最果てアーケード』です。

小川さんは1962年、岡山県生まれ。
早稲田大学第一文学部を卒業し、1991年に『妊娠カレンダー』で芥川賞を受賞しました。
『博士の愛した数式』は小川さんの代表作で、映画化もされていますね。

『最果てのアーケード』には10篇の小説が収録されています。
小さな商店街に暮らす店主たちとそこを訪れるお客さんたちの静かな息差しが聞こえてきます。
小川洋子さんならではの、はかなくて、もの悲しくて、美しい連作短篇小説です。

あらすじは書きません。
でも、ちょっとだけアーケードとそれぞれのお店を覗いてみましょう。

そこは世界で一番小さなアーケードでした。
通路は狭く、ほんの十数メートル先はもう行き止まりになっています。
お揃いの細長い二階建ての作りになった店はどれも、一様に古びています。
屋根にはめ込まれたステンドグラスは偽物で、すっかり煤け、どんなに天気のいい日でもぼんやりした光しか通しません。
もしかするとアーケードというより、誰にも気づかれないまま、何かの拍子にできた世界の窪み、と表現した方がいいのかもしれません。
私はそこで生まれました。
父が大家だったのです。

「衣装係さん」
レース屋は使い古しのレースだけを扱います。
すっかり使い物にならなくなった衣服から、まだ息の残るレースだけを切り取り、救い出すのが店主の得意とするところでした。

「百科事典少女」
アーケードの一番奥、中庭の西角に読書休憩室を作ったのは私の父でした。
100冊ほどの本と魔法瓶に入ったレモネードが用意され、アーケードのお店のレシートを見せれば誰でも好きなだけ利用できます。

「兎夫人」
義眼屋は剥製、昆虫の標本、彫刻や人形のための義眼を扱う店で、アーケードで一番若い青年が店主を務めていました。
業界では勉強熱心な努力家として知られていて、動物学者たちからも篤く信頼されています。

「輪っか屋」
輪っか屋はドーナツを専門に売っています。
しかも種類はただ一つ。
すべてにおいて熟練した技を身につけている店主の手元の動きをなぞったら、1篇の詩が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

「紙店シスター」
紙店シスターはレターセットやカード類、万年筆、インクなどを扱う店で、レース屋の隣にあります。
店にはあらゆる種類の商品が揃っていて、どれも店主が選びに選び抜いて仕入れた上等な品ばかりでした。

「ノブさん」
ノブさんはドアノブ専門店の店主で、アーケードで一番の長老でした。
ノブさん取って置きのドアノブが取り付けられた扉の奥は、世界の窪みのようなアーケードに隠された、もう一つの窪みだったのです。

「勲章店の未亡人」
勲章店の亡くなったご主人は表彰式の愛好家でした。
店でもメダルを売っていて、町内の運動会やピアノの発表会から注文を受ける場合もあれば、大昔の褒賞、階級章、盾、トロフィーなどを買い取って、骨董品として売る場合もありました。

「遺髪レース」
遺髪はレース屋さんが扱っています。
遺髪専門のレース編み師は思いのほか年の若い女性でした。
看板も掲げず、職業別電話帳にも番号を載せず、殺風景なアパートの一室でひっそりと仕事をしています。

「人さらいの時計」
アーケードを出て真正面、電車通りを渡った向こう側のビルに大きな時計が掛かっています。
昔、この時計の針が動くところを目撃した子は、人さらいに連れて行かれて二度と戻ってこられない、という噂がありました。

「フォークダンス発表会」
16歳の冬休み、私はアーケードの配達係としてアルバイトをし、生まれて初めてささやかながら自分でお金を稼ぎました。
そのお金で映画のチケットを2枚買い、父にプレゼントしたのです。

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