プリニウス(林)

今日(2024年12月28日)、高校3年生を対象とする世界史の演習授業で「プリニウス」が出題されていました。
『角川世界史辞典』(角川書店2001年、823頁)は次の通り説明しています。
プリニウス(大~)Gaius Plinius Secundus 23?~79
ローマの軍人、政治家、学者。
北イタリアのコモの騎士身分の家に生まれる。
23歳頃から12年間ライン地方で軍務に服し、イタリア帰国後10年ほど文筆活動に専念。
ウェスパシアヌス帝により属州財務に登用され、見聞を広めつつ著作活動を続けた。
晩年ナポリ湾ミセヌムの艦隊司令官に任じられ、79年ヴェスヴィオ火山の噴火の際にポンペイ近くのスタビアエで殉職。
多作であったが、百科全書的な情報の宝庫たる『博物誌』全37巻のみ現存する。
(後藤篤子)

そこから私が連想したのは池澤夏樹氏の小説、『真昼のプリニウス』です。
私の好きな作家の好きな作品ですので、ご紹介しましょう。
池澤夏樹氏は1945年、北海道生まれ。
小説だけでなく、詩や随筆、翻訳においても優れた文才を発揮しています。
『スティル・ライフ』で中央公論新人賞と芥川賞を受賞しました。

『真昼のプリニウス』は中央公論社から1989年に単行本が出され、93年に文庫化しました。
9章からなり、各章に6つもしくは7つの副題を添えています。

主な登場人物は以下の通りです。
芳村頼子は八王子にある大学の理学部助教授で、専門は火山学(マグマの生成と上昇の機序)です。
若く美しく優秀な独身の研究者で、人工地震の技術を使って火山の地下構造を探るというプロジェクトの現場を担当することになります。
2年間のアイスランド留学を申請して、一次審査を通過したところです。

壮伍は頼子の(元?)恋人。
喧嘩別れをしたわけではありませんが、今はメキシコで遺跡の写真撮影をしていて、月に一度、頼子に長い手紙を書いてよこします。

芳村卓馬は頼子の弟で外科医。
門田賢太郎は卓馬の友人で広告の仕事をしていて、「シェヘラザード」という名前で新しい種類の電話サービス・システムを作ろうとしています。

あずみは頼子の大学の同級で、結婚して子供を生み、小規模ながら会社を作りました。
その後に離婚し、子供をひとりで育てて、自分の生活を楽しんでいます。

修介はあずみの息子で8歳。
頼子にとって最も親しいこどもです。

読み始めたころは、なかなか小説の主題を捉えることができませんでした。
個々のエピソードや場面が何のために書かれているのかわからず、戸惑いを感じながら手探りして読んでゆきました。

ところが、ある箇所から主題を明確に把握することができて、そこから俄然面白くなり、心を鷲掴みされたままラストシーンまで読み進みました。

主題がわかった地点から振り返ってみれば、前半のエピソードや場面が主題を導くための布石として緻密に計算して配置されていることに気づきます。

後半から結末までの各場面も主題と緊密に連繋すべく布置されていて、細部の繊細な描写から全体の整合的な結構に至るまで、全篇がわずかなゆるみもなく精緻に組み立てられていることに瞠目します。

作品の主題は敢えて書かないでおきましょう。
本書に興味を持たれた方に、ご自身で池澤文学の精髄を感得していただきたいからです。

小説の中で、頼子と壮伍はエアメールで手紙をやりとりしています。
私も外国に留学しているとき、同じ方法で家族と連絡を取っていました。
ポストに投函してから手元に届くまで1週間以上かかり、送ったはずの手紙が届かないこともあったのを懐かしく思い出します。
今は電子メールやSNSで簡便に連絡できるのですから、隔世の感を禁じ得ません。